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ネットの映像で誰かになりすますディープフェイク その危険性と有用性

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社会の問題を解決するソリューションを見出すトーク配信番組「アートリーアカデミア」、この回のテーマは「ディープフェイク」

「嘘を嘘と見抜けない人はインターネットを使うのは難しい」とは昔から言われてきた言葉ですが、これまではその嘘を見抜く要素にどこかアナログ的なものがありました。文脈から、ソースを見て、証拠はあるのか…。

しかし、数年前からその判断がより難しくなってきました。なぜなら偽物を作る精度があがってきたために、人間の感覚というアナログな要素では偽物を見抜けなくなりつつあるからです。

さらにはそのフェイクが、炎上を狙っているのか、愉快犯なのか、正義感からなのか、悪意からなのか。それすらわからないという状況もあります。

そんななかで、本人かどうかわからない「本人の顔」が話していたらそれは、どう判断したら良いのか。

当事務所の名古屋の税理士・原辰彦は番組の中でディープフェイクについて語っています。

誰かの顔になりたい…根底にあるものとは───

「扇動するんですよね、意識の部分で。注目のある人を使えば、人の考え方を扇動できちゃう。注意発信だけど、逆に注意しなきゃいけない。ディープフェイクで間違ったことを認識する、その人自体のことも誤解しますよね。」

そもそも写真の軽い加工だってフェイクじゃないの?

「マッチングアプリだって一緒の発想じゃないですか。誰か(美形)の顔と同じ顔にだってできるわけですよね。で、会ってみるって時に、今は直接会えないからじゃあ画面越しにって。(そこでとどめておけば本人の顔をさらさずに)ずっと超イケメンみたいな。」

スタントマンだってディープフェイクと言えるのでは?

「一概にディープフェイクがだめかというと、私はノーじゃないなって。質の向上にはつながるし、より臨場感は生まれるので、そういう意味で言うディープフェイクは、逆に特殊効果と同じぐらいの意味合いがあるんじゃないのかなと思います。」

でもこの技術をエンターテインメントにもできそうですよね───

「パロディだったらいいんですよ。でも、シリアスでやっちゃだめだよ。そこの線引きどうするのっていうのが難しいところじゃないですか。」

自分の今の容姿ではない別の誰かになりたいという思いと、実在する誰かの容姿になりたいという思いは似ているようで全く違うのではないでしょうか。誰かになりたい、それがインターネット上であれば、その誰かの発言力を得たい人がディープフェイクに手を出したくなる…と考えられます。

技術は進歩していきます。VR(仮想現実)やメタバース、バーチャルユーチューバーなど、自分とは違う容姿になること自体は「できる」世の中になりつつあります。

やはり、その「違う容姿になりたい」という発想と、「特定の誰かの姿になりたい」という発想との間には大きく溝があって、「特定の誰か」になるディープフェイクは何か線引きが必要なのではないかと思うと同時に、常に「それは本当に本人の発言なのかどうか」は、気を付ける必要がありそうです。

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